高校生部門 優秀賞

だれかの日常

兵庫県立姫路南高等学校 1年 宮脇 ひなた

北朝鮮による日本人拉致問題を今までたびたび耳にしたことがあった。愛する家族が日常生活のなかで突然姿を消し、生きているのかどうかもわからない悲しみ、苦しみははかり知れないと思われる。今日見た映像に出ていた横田めぐみさんは拉致されたとされる当時、私と同年代であった。拉致されそうになったとき、即座に状況判断などできるはずがない。もし私がめぐみさんの立場だったら、なにができただろうか。少しでも抵抗ができただろうか。逃げようにも足がすくんで動けない、声をあげようにも上手く出せない。きっとそうなってしまうと思う。想像するだけでとてもおそろしい。

横田めぐみさんが拉致された事件について調べてみた。当時、めぐみさんは中学生であった。そこが私には少し疑問に思えた。日本語を教えさせたいのであれば教師をしている人物を狙わなかったのはなぜだろうと。その理由について推測された記事を見つけた。そこには「小さいうちから連れて行ったほうが洗脳しやすいと考えた可能性がある。その中で、何らかの北朝鮮の工作網にかかったのがめぐみさんだったことはあり得るのではないか。」と書かれていた。もしこの推測が正しかったとすると、人をただの道具としている考えがすごく腹だたしい。ふざけるなとも思う。小さな幸せであふれていた、一人の少女の人生を一体なんだと思っているのだろうか。他に拉致されてしまった人たちもだ。日本語を学びたいなら、学ばせたいなら、もっと他に方法はいくらでもあるのに。だれかの日常を奪う権利なんて誰にもないはずなのに。

もし家族や友達など自分が知っている人がどこかの国の人に拉致されたりしたら、きっと私は犯人だけでなく、その国自体を嫌い、憎んでしまうだろう。でもめぐみさんの母親である横田早紀江さんはそうではなかった。「めぐみ」の中で次のようなセリフがある。「私たちは北朝鮮に住む一般市民の人たちを憎んだり恨んだりしている訳ではありません。ただ親として今も北朝鮮に囚われの身となっている娘を助け出したいだけなのです。」

すごく考えさせられるセリフだった。心の底から、めぐみさんを愛しているのだ。愛しているからこそ、ただこの思いで一心なのだろう。

拉致をした犯人も、しなければ自分の命や家族の命が危なかったのかもしれない。しかし先ほど書いたようにだれかの日常を奪う権利はだれにもない。拉致は決して許されることではない。

拉致された人たちが一日でも早く帰国し、大切な人に再会できることを心の底から願っている。